県内各地の活動・情報
県内各地の活動や「しんぶん赤旗」等で報道された情報を掲載しています。
最新のニュース
2025/10/2★平戸・寺院と教会の見える風景
「寺院と教会の見える風景」で知られる長崎県平戸市を多くの観光客が訪れていました。
平戸港を一望できる高台に寺院と教会が近接して建っているため、坂道から見上げると、西洋の教会の尖塔と日本の寺院の瓦屋根が重なり合うように見えます。この風景はキリスト教伝来の地であり、また寺院も多く存在する平戸ならではの、異文化が共存する歴史を象徴しているかのようです。
平戸島は戦国時代から江戸時代初期にかけて、ポルトガルやオランダなどのヨーロッパ諸国との貿易の拠点でした。この交流を通じて、キリスト教が平戸に伝来し、多くの人々が信仰を持つようになりカトリック教会が建てられました。他方で古くからの仏教寺院も存在し続けました。
その歴史ある平戸市の市議選が10月に行われます。日本の政党で一番長い、103年の歴史をもつ日本共産党は、党支部長の岡村ふみお市議候補を先頭に、議席回復をめざし全力で奮闘しています。
(県独自記事 山下満昭通信員 )
2025/9/30★石木ダム問題パネルトーク集会
県と佐世保市が川棚町に建設を強行する石木ダム事業について、その問題点を県民に広く周知し、その是非を問うパネルトーク「どうする!石木ダム」が23日、長崎市で開かれました。同実行委員会の主催で、ダム建設予定地に暮らす住民を始め約150人が参加しました。
ダム事業に詳しい元国土交通省河川局防災課長の宮本博司さんは、石木ダム事業の問題点をポイントを絞って説明。川棚川の実測流量のデータが存在せず、検証できていないモデルで洪水計算をするなど、県はでたらめなやり方でダム建設を強行しようとしていると批判。「考えられない。もう一度立ち止まって考え直すべきだ」と強調しました。
参加者から、あと半年に迫った知事選をどうたたかうのか、ダムの費用対効果についてなど、意見や質問が出されました。
離島の新上五島町から参加した支援者の女性(45)は「県は人権をないがしろにし、説明にもならない説明をしてまで押し通しす。残念さを感じる」と語り、33歳の男性は「今後の運動を粘り強くやっていかないといけない」と話しました。
日本共産党の堀江ひとみ県委員長・県議と辻清人川棚町議が参加しました。
(「しんぶん赤旗」2025年9月30日付記事より)
2025/9/26★県原水協が核廃絶国際デーに合わせ署名行動
原水爆禁止長崎協議会は国連が定めた「核兵器の全面廃絶のための国際デー」の26日、長崎市の繁華街で「日本政府に核兵器禁止条約の署名・批准を求める署名」に取り組みました。
約20人が参加。原爆パネルも展示し、高校生や親子連れなどが熱心に見入っていました。
大学生の女性(20)は「イスラエルのガザへの爆撃や、日本でも排外主義的な発言があったりとても気になる」と語りました。
高校2年の女子生徒(16)が署名の目的を熟読し、自らも署名板を持ち行動に参加。「私自身こうい活動をしたことがないので、多くの人に核をなくそうと広めているのはすごいなと思う。緊張してるけど、関われたのはいい経験です」と話しました。
県原水協の大矢正人代表理事は、全国約4割の自治体で日本政府に核兵器禁止条約への参加を求める意見書決議が採択される中、「長崎県では佐世保市など未提出が残り4自治体となっている。これを突破していく取り組みも重要」だと語りました。
1時間で74人が署名。原爆パネルを見ていた留学生が行動に共感し、カンパを寄せました。
(県独自記事)
2025/9/26★県自治研が同性カップル当事者迎え講演会
長崎県地域・自治体研究所は21日、大村市のパートナーシップ制度を利用している同性カップルの一人、松浦慶太さんを迎え「誰もが自分らしく暮らせる日本に、長崎に」と題した講演会を長崎市で開きました。
松浦さんとパートナーの藤山裕太郎さんが移住した大村市は昨年5月、続き柄欄に「夫(未届)」と記載した住民票を交付。異性の事実婚に利用されてきた表記が同性カップルにも適用されたと注目されました。松浦さんは「大村市の対応は同性婚が認められていない日本で突破口になった」と強調。全国にも波及し現在、13の自治体が導入していることを紹介しました。
その後、松浦さんが雇用保険法に基づき、藤山さんの分の移転費の支給を申請しましたが、大村公共職業安定所は同居親族に同性パートナーは含まれないとして、不支給を決定。これを不服として2人は6月、処分取り消しなどを求め国を提訴しました。
裁判の意義について松浦さんは「認められれば、全国で取り組まれている同性婚裁判の大きな後押しになるし、この1件が認められることで約130の法律に波及すると言われている」と語りました。
現在、全国5カ所の同性婚裁判で違憲判決が出るなど前進面がある一方、アメリカのトランプ政権の誕生や日本でも外国人排斥やLGBTQをターゲットにした政党が出てくるなど揺り戻しが起きていると指摘。「積極的に声を上げ、共に行動していくことが必要だ」と強調しました。
(「しんぶん赤旗」2025年9月26日付記事より)
2025/9/25★長崎大医学部前でBSL4抗議行動
長崎大学が長崎市の住宅地に隣接する医学部キャンパスにエボラ出血熱など危険度が最も高い病原体を扱う「バイオセーフティレベル(BSL)4」の施設を建設した問題で23日、稼働に反対する市民が同キャンパス前で抗議のスタンディングとリレートークを行いました。
市民らは、実験に必要なエボラウイルスなどの持ち込みはまだ許可されておらず、絶対に稼働は許さないと声を上げました。
同施設を巡っては「BSL4施設計画の差し止めを求める会(山田一俊代表)」のメンバーで施設周辺に住む住民3人が7月、国に対してBSL4施設への「特定一種病原体等所持者」の指定を取り消すよう求め長崎地裁に提訴しています。
原告の山田代表は「長崎大学は世界一安全な施設を造ると明言したが、当時の学長は『事故を100%防止することは出来ない』と語った。こんな危険な施設を住宅地に造るということは常識では考えられない」と批判しました。
同会事務局の清水秀記さんは「施設には窓はなく、この中で日本に全く存在しない致死率が最高で90%にもなる危険なウイルスを使い動物実験をする。中の空気はHEPAフィルターで99・97%ウイルスを捕捉して排出すると言うがフィルターの交換を忘れるなど、必ずヒューマンエラーが起こる」と施設の危険性を訴えました。
(「しんぶん赤旗」2025年9月25日付記事より)
2025/9/23★ヤスクニ共闘 街頭集会
安保法制=戦争法強行から19日で10年となるのを前に、日本共産党も参加する長崎県靖国法案阻止共闘会議(ヤスクニ共闘)は18日、長崎市の繁華街で「靖国」と「侵略」を考える市民のつどいを開きました。
労働組合員や市民など約40人が参加。大軍拡に突き進む自公政権に抗議の声を上げました。
日本共産党の堀江ひとみ県委員長・県議は、日本国内でも重大な事故を起こしているオスプレイが長崎の上空を飛んでいると告発。共産党は九州・沖縄8県で防衛省に「オスプレイの佐賀駐屯地への配備撤回」などを求めて申し入れをしたことを紹介しました。オスプレイ飛行の根拠になるのが安保法制だと強調し、「集団的自衛権の全面的行使はいまだに違憲で、そこにあるのは憲法9条の力だ。多くの人に知らせ広げていこう」と訴えました。
県平和運動センターの米村豊議長は、この80年間、日本は戦争してこなかったが、安保法制や安保3文書が戦争へ突き進む状況をつくりだしていると指摘。熊本市の陸上自衛隊にミサイルを配備する計画にもふれ、「対話によって戦争のない世界を」と力を込めました。
社民党の池田章子市議も訴えました。
(「しんぶん赤旗」2025年9月23日付記事より)
2025/9/22★ながさき平和委員会・ジュゴンアクション
「ながさき平和委員会」は17日、長崎市の繁華街で「ジュゴンアクション」に取り組みました。これは、沖縄のたたかいに連帯し、辺野古新基地建設に反対の声を上げるものです。
参加者14人は「沖縄を再び戦場にしないで」のチラシ約130枚と、活動の様子を見ることができるQRコードが付いたジュゴンの折り紙を配布し、工事の中止を求める署名への協力を呼びかけました。
2年ほど前に辺野古の座り込みに参加したことがあるという女性(23)は「警察に排除されたけれど、運動自体は無意味ではないと思った。沖縄県民の方がたくさんいてその熱意を感じられた」と語りました。
参加者から、大浦湾の埋め立てにより珊瑚礁が死滅していることや、現場は軟弱地盤が広がり完成の見通しもないことなどを聞いた女子高校生は「今日授業で沖縄の問題を学びました」と署名。「埋め立てはやめてほしい。自然を守って」と高校1年の女子生徒3人も署名し、「頑張ってください」と声をかけていきました。
日本共産党の中西敦信市議が参加しました。
(「しんぶん赤旗」2025年9月22日付記事より)
2025/9/20★県労連定期大会
長崎県労働組合総連合は20日、長崎市で第38回定期大会を開きました。対話と学び合いで仲間を増やし、賃上げ、最賃底上げ実現など2025年度の運動方針を採択しました。
鳥巣雄樹議長が体調不良のため、大石康博副議長があいさつを代読。最低賃金(長崎は78円引き上げ時給1031円)について、物価高が続く中、仮に1500円に引き上がったとしても私たちが求める最低限の生活水準に及ばない状況だと指摘。一方、中小企業は賃金引き上げの対応を迫られているが、政府の中小企業支援対策は全く不十分だと批判し、「私たちのたたかいの強化は当然だが政府の本気度が問われている」と訴えました。
全労連の清岡弘一副議長と、5月に和解が成立した協和商工過労自死裁判の原告女性があいさつしました。
活発な討論が行われ、医労連の代表は、医療、介護の職場での厳しい実態を報告。ララコープ労組からは、非正規労働者が初めての昼休みストライキを実施し、次年度につながる運動になったと報告しました。
新議長に山岸隆一氏を、事務局長に鳥巣雄樹氏を選出しました。
(県独自記事)
2025/9/17★憲法共同センター署名行動
憲法改悪阻止長崎県共同センターは17日、長崎市の繁華街で「税金はくらしの拡充に戦争準備の軍拡は中止して、憲法、平和、いのち、くらしを守る政治への転換を求める」署名に取り組みました。
新日本婦人の会や国民救援会、県労連から7人が参加。暮らし切り捨ての実態を示すグラフとともに「このまま軍拡がすすんだら国民のくらしはどうなる!」と書かれた横断幕を掲げ協力を呼びかけました。
署名した女性(73)は「日本は安保条約を結んでいるけれど、もし有事があってもアメリカは日本を守らないと思う。国民の声が届かない。政府はもっと国民のことを考えないと」と怒りをぶつけました。
「今の軍拡はおかしい」という30代の女性は「三菱重工が武器をたくさん造っているが、日本を守るためにそこまでする必要はないと思う。自分は病気があり医療費がかかる。消費税は引き下げてほしい」とのべました。
58歳の女性は「極端に右寄りの人たちの意見が強くなっていることに恐怖を感じる。参政党が『日本人ファースト』と言って当選したが怖いと思う」と語り、「マイノリティー全体に攻撃が及んできそう。社会的弱者が生活しやすい社会になってほしい」と話しました。
(県独自記事)
2025/9/14★九州のうたごえ祭典開催
「核なき世界をナガサキから」をテーマに「九州のうたごえ祭典in長崎」が6、7の両日、長崎市で開かれ、延べ1350人が集いました。6日の合唱発表会には九州各県から29団体が演奏を披露。「うたごえサークルたんぽぽ」(宮崎)、「合唱団ながせん」(長崎)、「新婦人コーラス花の輪」(長崎)の3団体が金賞を受賞しました。
そのうち、「合唱団ながせん」は、国鉄解体時の労働者を描いた「誓い」と「農民の怒り」を熱唱。歌を聞いた女性は「何十年も前の作品なのに、今の農政に怒っているような歌詞で、農民の気持ちも歌われていてすばらしかった」と語りました。
7日の音楽会は、ゲストのソプラノ歌手・納富景子さんのオペラ「蝶々夫人」などの独唱、被爆80年記念創作曲「ヒバクシャの願いが世界を変えた」の合唱、長崎市の活水中学・高校の吹奏楽部の演奏など多彩なステージとなりました。
最後は車いすの被爆者・故渡辺千恵子さんの半生を綴った合唱組曲「平和の旅へ」で、今回は活水中・高校の吹奏楽部とコーラス部との共演。ソロの部分は活水の女子生徒が歌い、ラストの「平和の鐘を鳴らそう」では吹奏楽部も一体となり、圧巻の演奏に会場は割れんばかりの拍手に包まれました。
(「しんぶん赤旗」2025年9月14日付記事より)
2025/9/12★長崎じん肺訴訟 原告全員勝訴
三菱重工業長崎造船所で働き、じん肺になった同社の下請け従業員18人(死亡7人を含む)と遺族ら計35人が、三菱重工業に損害賠償と謝罪を求めた「三菱長崎造船じん肺第3陣訴訟」(2016年提訴)で福岡高裁の松田典浩裁判長は日、一審長崎地裁判決を是正し、三菱重工業のじん肺加害責任を明確に認め、原告全員勝訴の判決を言い渡しました。
一審判決では下請け従業員5人の請求を棄却していましたが、18人いずれについてもじん肺・続発性気管支炎ないし肺がんに罹患していると判断し、一審判決の慰謝料1億2218万円を増額し、約2億3千万円の支払いを命じました。
判決後の報告集会で鈴木剛弁護士は、一審判決は三菱重工の防塵対策実施の主張を基本的に認める判断をしており、平成年代に主に働いていた原告3人については、安全配慮義務違反の責任もないという判断をしていたとのべ、「今日の判決は、少なくとも平成21年までは三菱重工は長崎造船所における防塵対策を尽くす義務があったが怠っていたと判断した。実態にあった真っ当な判断を示してくれた」と評価しました。
原告で事務局長の橋口洋一さん(76)は、全国の支援のおかげで、素晴らしい判決をいただけたと感謝をのべ、「全員救済がいちばんの素晴らしい結果だった。たたかいの中で亡くなっていた仲間がいるが、その人たちにも喜んでもらえると思う」と語りました。
(「しんぶん赤旗」2025年9月12日付記事より)
2025/9/5★被爆80年 腐りゆく子 助けられず 母の体験語り継ぐ 長崎県原水協事務局長 佐藤澄人さん(78)
原爆投下から80年。被爆体験の記憶がある被爆者が減る中、被爆2世が証言を始めています。「通常兵器と核兵器の被害は全然違う。核兵器なくせ。戦争するな」と行動を続ける原水爆禁止長崎県協議会の佐藤澄人事務局長は母の被爆体験を語り継いでいます。(加來恵子)
原爆が投下されさく裂したのは、佐藤さんの母が33歳の時、長崎駅の石炭を配給する会社に働きに出ていたときでした。
倒壊した建物の下敷きになり気を失っていたところを、一緒にいた妹に助けられ、ちぎれぶらさがった左耳をぼろ布でほっかぶりして押さえながら「子どもはどうしているだろうか」と、うわごとのように何度も言いながら祖父母と子どもたちがいるほぼ爆心地の浦上の家に急ぎました。
帰り道は死体だらけで、電車の窓枠には真っ黒い人間が引っかかり、運転手は座ったまま。爆心地のそばを通り、浦上川に降りると、水をせき止めるように死体が重なり、堰(せき)には水を求めて足の踏み場のないほどの人がアリのように集まっていました。
助けを求められたけれども、何もできず、山里小学校前を通り、自宅へ戻ると、家は全部吹き飛び焼けてしまっていました。
11歳、7歳、4歳の3人の子どもと祖父母は防空壕(ごう)にいて全員無事でした。
1週間たち次々
子どもたちは被爆後1週間は歩けましたが、5日、6日と日がたつと、体に紫斑があらわれました。夏の暑さの中、3人はむしろに寝かされ、母はなすすべもなく、黙って湧いてくるウジをとり、たかるハエをうちわで追うことしかできませんでした。
目、耳、口、鼻から血を流し、8月20日、21日、22日と次つぎ亡くなりました。「人間にはこげん血のあるとやろうか」と母の妹は語っていました。
一番上の姉は頭がもうろうとするなか「アメリカにやられるより舌ばかみ切って死ぬ」と言ったといいます。ほぼ爆心地の浦上。「全員無事だったことは誰にも言うな」と言っていた祖父は9月17日に亡くなりました。
健康不安いつも
佐藤さんは1948年生まれの被爆2世。「原爆・核兵器は通常兵器とは違います。いつ病気を発症するかわからないのが原爆です。一番かわいいさかりの子どもが腐っていくさまをハエを追うことしかできなかった母を思うと…悲惨ですよ。非人道とはこのことです」
101歳で亡くなった母。「ばあちゃんやっと天国で会えるね。みんな待っとったばいね」と佐藤さんの娘が語りかけました。
喪主を務めた佐藤さんは、母が原爆で亡くした3人の子どものことを死ぬまで忘れることができなかったことを思い出し涙したといいます。
弟は母親が亡くなった翌年、白血病で60歳で亡くなりました。
「奇跡的に無傷で生き残っていたとしても、ある日突然亡くなるのが核兵器の被害です。通常兵器との違いはここにあります。被爆2世の健康不安はつきまといます。二度と核兵器を使わせてはならない。だから核兵器はなくさないといけない。そして戦争をなくしていくことです」
(「しんぶん赤旗」2025年9月4日付記事より)
2025/9/4★被爆80年 顔に受けたけがでいじめに 長崎原爆被災者協議会 田中安次郎さん(83)
被爆80年。原爆資料館や被爆遺構のガイド「平和案内人」をやりながら、若い世代に「ピースメッセンジャーになってほしい」と伝えている被爆体験を語り継ぐ会会員で長崎原爆被災者協議会の一員の田中安次郎さん(83)。被爆体験を通し、命の尊さを語っています。(加來恵子)
1945年8月9日、当時3歳の田中安次郎さんは爆心地から3・4キロの新中川町で被爆しました。自宅から10メートルほど離れた道路でおとなが見守るなか、子どもたち14~15人が遊んでいたときのことです。
セミがわんわん鳴いていました。突然、青白いカメラのフラッシュを何万個も集めたような光に包まれ、とっさに前の家に飛び込みました。ものすごい爆風が吹いて、家の土壁の一部とともに田中さんも吹き飛ばされ、頭を抱えて伏せている田中さんの上に土壁が落ちてきました。
どれくらいたったでしょうか。母方の叔父が探しに来て「顔がぐちゃぐちゃになってるけど、戦争だからね。よう生きとったね」と何度も言われました。
キノコ雲は太陽を覆い、あたりは真っ暗になりました。家に戻ると畳は下から吹き上げられ、屋根瓦はずり落ち、そこから夜には星が見えました。
出征していた父が9月22日に戻りました。それまでの間すごしたのは防空壕(ごう)でした。防空壕の中は死臭がひどく、けが人の皮膚が膿(う)んだ臭いに覆われていました。
上の家の15歳のお姉さんは浦上の三菱兵器製作所に学徒動員され、そこで被爆し、奇跡的に生き残り、はだしでずるむけた肌の腕を前に伸ばして帰ってきました。腕の皮膚に塗る薬はなく、泣きながら皮膚をそぎ落とした光景は3歳ながら強烈な記憶として残っています。
かさぶた絶えず
食べ物がなく、カボチャ、芋が手に入った時に食べるくらいで、栄養状態がよくなく、皮膚が弱かった田中さんは、かさぶたが絶えませんでした。かさぶたはかゆく、蚊にさされ、さらにかくため、「自分でもきたないと思っていました」といいます。
「お前汚いからあっちにいけ」と学校では仲間はずれにされました。教科書は破られました。差別はエスカレートし、高校生の時にはコートを水につけられ、びしょびしょにされたこともありました。
母も祖母も腎臓病で苦しみながら亡くなりました。原爆投下時0歳だった妹は72歳で腎臓が機能不全になり、3年間の入院生活ののち亡くなりました。
田中さんは、小さい頃から右耳が聞こえにくく、冬は風邪をひきやすく、皮膚も弱く体調を維持するのに苦労しています。ぜんそくもあり、吸入器が手放せません。医師からは肺の状態がよくないのでおとなしくするよう注意されています。胃潰瘍になり、腸や甲状腺が弱く、白内障の手術もしました。
「平和案内人」に
原爆資料館や被爆遺構のガイド「平和案内人」をやるきっかけになったのが、岡山から来ていた修学旅行生が言った「人間はなんであんな残酷なことができるんですかね」という一言でした。
被爆者の平均年齢は86歳をすぎました。二度と核兵器が使用されることのないように被爆者は、あの日の体験を世界に訴えてきました。子どもたちを案内し、「あなたがピースメッセンジャーになって、被爆・戦争のことを語ってほしい」と伝えています。
「『今を大切に/今日を大切に/人にやさしく/自分にやさしく』、これに続く言葉を考えてほしい」と子どもたちに語りかけます。
「原爆のことを知ることは、いのちの大切さや生まれてきた奇跡、その奇跡を次の世代につなぐこと。たった一つの命、あなたはすばらしい」ときょうも伝えます。
(「しんぶん赤旗」2025年9月4日付記事より)
2025/9/3★九州のうたごえ祭典
「九州のうたごえ祭典in長崎」が6、7の両日、長崎市の長崎市民会館文化ホールで開催されるのを前に、実行委員会は成功に向けて準備を急ピッチですすめています。
今年の祭典は、被爆80年と、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞を祝し、「核なき世界をナガサキから」をテーマに行われます。
実行委員長は日本被団協の代表委員でもある長崎原爆被災者協議会の田中重光会長です。田中さんは「今、世界中で戦争が起き、また、日本では物価高で国民は厳しい生活を強いられています。そんな中、歌は人々の心に勇気と希望を与えてくれる。今の生活を良くするためにたたかっていく気持ちを奮い起こしてくれる、そういう力があると思います」と語り、「ぜひ、多くの方に聞きに来てほしい」と呼びかけています。
6日は九州各県から合唱団・サークル約40団体が出演。7日の音楽会は長崎県出身のソプラノ歌手・納富景子さんの独唱や活水中学・高校(長崎市)の吹奏楽部の演奏、車いすの被爆者・故渡辺千恵子さんの半生を綴った混声合唱「平和の旅へ」などがあります。
(「しんぶん赤旗」2025年9月3日付記事より)
2025/9/3★党議員が民主団体と懇談
日本共産党の堀江ひとみ長崎県議と長崎市議団(大石史生、中西敦信)は28日、長崎市で民主団体との懇談会を開きました。長崎民商、年金者組合、長崎民医連、長崎県原水協の代表が参加しました。
9月5日から開会する市議会について報告があり、大石市議が▽一部償還払いが残る子ども医療費助成を窓口払いなしに▽補聴器購入助成について―など5項目の一般質問の内容を説明。今議会で公共施設の使用料などを値上げする条例改正案が提出されるとして、中西市議は「高齢者福祉カードでの減免もなくなる。存続を求めていきたい」と語りました。
県議会は9月8日に開会。堀江県議は、石木ダム事業について「3会派(共産党、改革21、もったいないよ長崎)で連携して知事、県をただしていこうと進めている」と報告しました。
参加者からは「補聴器購入助成は全国で補助する自治体が増えているが長崎は五島市だけ」「全国の医療機関の6割が赤字。診療報酬の改定と財政支援を国に求める意見書採択を陳情か請願で出したい」「インボイスは来年9末月で負担軽減措置が廃止、縮小される。このままでは多くの人が仕事を失う。負担軽減措置の継続とインボイス廃止、消費税減税の署名に取り組んでいきたい」などの発言がありました。
(「しんぶん赤旗」2025年9月3日付記事より)
2025/9/1★被爆者1000人の声記録 伊藤昭彦さんの足跡たどる
1人で1000人を超える被爆者の声を記録し続けた伊藤明彦さん(1936年~2009年)の足跡をたどる特別展が長崎市の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館で開催されています。9月30日まで。
長崎原爆で8歳で入市被爆をした伊藤さんは60年に長崎放送へ入社。ラジオ番組「被爆を語る」を企画提案し、担当します。転勤を機に退職し、東京に転居後、「被爆者の声を記録する会」を結成。夜警や皿洗いのアルバイトをしながら重さ13㌔のオープンリールデッキ(録音機)をさげ、被爆者を訪ね歩きその体験を記録しました。
「両手で頭蓋骨を持ち上げ、母親が金歯が多かったので、それを目印に両手で何十となく頭蓋骨を抱き上げ、『これじゃないな』とそっと戻した…」。伊藤さんが集めた被爆者の証言音声です。
21都府県の被爆者約2000人を訪問し、断られながらも1003人の被爆者の声を録音しました。録音した声は、全国の図書館などに寄贈されています。
伊藤さんは「本当の『抑止力』は、ヒロシマ・ナガサキの被爆の実相を、私たちがより克明に、より具体的に知り、核兵器不再使用、核兵器廃絶の意思を固め、広げることの中にこそある」(2006年1月)とメッセージを残しています。
会場では証言音声を聞くことができる他、伊藤さん直筆の会報など、その仕事ぶりが紹介されています。
(「しんぶん赤旗」2025年9月1日付記事より)
写真アーカイブ
田村貴昭衆議院議員と民青長崎県委員会が
最低賃金引き上げを求めて
長崎労働局へ要請行動
(しんぶん赤旗8月14日付より)
青年・真ん中世代向けつどい開催
(しんぶん赤旗8月26日付より)
原水協 毎月定例署名行動
(しんぶん赤旗 8月28日付より)
石木ダム説明会第3回
(しんぶん赤旗8月27日付より)
党議員と民主団体が懇談
(しんぶん赤旗9月3日付より)
新婦人 長崎市と懇談
(しんぶん赤旗8月29日付より)
長崎被災協がボランティア募集
(しんぶん赤旗 8月19日付より)
戦後80年 不戦のつどい
(しんぶん赤旗 8月19日付より)
原水爆禁止世界大会後に
長崎市での署名行動
(しんぶん赤旗 8月10日付より)
共産党議員団 日本赤十字社長崎原爆病院へ訪問
(しんぶん赤旗 8月9日付より)
共産党議員団 恵の丘原爆ホームへ慰問
(しんぶん赤旗 8月9日付より )